Michael Jackson Special Blend マイケルジャクソンスペシャルブレンド
¥4,000 (税込)
説明
ウイスキージャーナリスト件ライターであるMichael Jacksonのブレンドした幻のボトル
フルーティーでスパイシー、蜂蜜、スモーク、ミネラル、柑橘類、リンゴ、フローラル
スパイシーでフルーティー、少しのピート、タフィーの甘さ
余韻は樽香のスパイス、ほのかなピートを感じる
この項をマイケル・ジャクソン(1942年3月27日生ー2007年8月30日没)の思い出
に捧ぐ。
私が初めてマイケルと会ったのは1984年2月、場所はチェコスロバキアだった。マイケルを知る私たちは、彼の不在にまだ慣れず、落ち着かない気がする。彼の死はもちろんショックだったが、驚きはしなかった。彼はパーキンソン病を患い、数年前から体調がすぐれない状態が続いていたからだ。
有名な歌手と同じ名前であることは、何の助けにもならなかった。チンパンジーのバブルス君の飼い主が、ウイスキー評論の第一人者なのかと勘違いするウイスキー初心者たちに、その妙な誤解を解かなければいけない状況に何度も出くわした。
彼はビールやウイスキーに関する記事を初めて書いた人物ではない。最高の名文家でないこともほぼ間違いないだろう。彼はライターと言うよりはジャーナリスト(世間に評価されてはいないが、私が思うに、きわめて重要な職業だ)に近かったが、最も影響力を持った人物だったことは誰の目にも明らかだ。彼は人々の記憶に残り続けるだろう。
今日ウイスキーに関するコメントを書いているライターやジャーナリスト、ブロガーの多くは、気づけばみんな彼の名声の陰で生きている。新世代のウイスキー愛好家たちは気づいていないようだが、人気を呼ぶ皮肉なコメントも、もともとは彼が生み出したものであり、彼らが色々言えるのもマイケルのおかげなのだ。
またマイケルは、自分の名声を商売にすることも決してなかった。実際に金銭面に関して(特にユダヤ人の伝統を受け継いだヨークシャーの男にしては)、まった
<無頓着だった。彼にとって重要だったのは、自分の好きな酒やウイスキー業界についてコメントし、それを共有することだった。特にシェリースタイルのマッカランのファンで、アイラ島のウイスキーが低逃していた時期には熱心に擁護し、スプリングバンク蒸留所の優れた品質を早くから評価していた。
彼の死を受けて、『ウイスキーマガジン」誌は膨大な数に及ぶ彼のサンプルコレクションを集約し、ベリー・ブラザーズ&ラッド社のダグ・マクアイヴァーの助けを借り、開いているボトルのヴァッティングを行い、本項で紹介しているマイケル・ジャクソンブレンドのベースを作り出した。合計1000本のボトルが作られ、パーキンソン病学会への基金集めのために販売された。
故人への敬意を表した、素晴らしい行いである。もし彼の偉業を知らないのなら、ぜひこのボトルを手に入れてほしい。そしてゆったりと、彼の本と一緒に味わってみてほしい一できれば、彼の名をブランド品のように悪用した後追いの本ではなく、彼自身が書いたものを読んでほしい一そして、ウイスキー界のレジェンドに乾杯しよう。マイケルもこのボトルをきっと欲しがったに違いない
(書籍引用)